日本文学をドイツに拡めたい、ドイツで1人出版社を立ち上げた女性編集者
トラべロコは、海外在住日本人(ロコ)が旅のお手伝いをしてくれるサービスになります。この記事では、トラベロコが、タウンミートアップを開催していく先々で出会った日本人にインタビューし、現地での事や海外に行くまでの経緯、日々の生活などをご紹介します。
今回、ドイツのミュンヘンにて、出版社を立ち上げた溝口シュテルツ真帆さんにお話を聞いてきました。大手出版社をやめ、ドイツへ移住された経緯から、ドイツ食材で日本食を作れるレシピ本の出版。そして、出版社を立ち上げるまでの想いと、これからについて聞いてきました。

溝口シュテルツ真帆さんプロフィール:ドイツ・ミュンヘン在住の編集者。'04年講談社入社。'14年に渡独、フリーに。'17年、ドイツ×日本×出版をテーマに出版社「まほろば社(Mahoroba Verlag)」を立ち上げる。自著に『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』。
ツイッター:@MMizoguchiStelz
まほろば社HP:https://www.mahoroba.de
目次
講談社の編集者を退き、ドイツへ
日本文学が浸透していない現実に苦悩する
Twitterの些細なやり取りから生まれた、大きな転機
出版社「まほろば社」を立ち上げる
在独日本人に本を届け、いずれ日本文学をドイツへ
1. 講談社の編集者を退き、ドイツへ

|ドイツ在住の溝口さんですが、日本では何をされていたんですか?
2004年から10年間ほど、講談社で週刊誌やグルメ雑誌の編集者をしていました。
|そんな中、ドイツへ移住することになる経緯を教えてください
最後のひと押しになったのは、ドイツ人の夫との結婚ですが、もともと海外への想いが強く、学生時代からよく旅をしていました。中でも巡礼路を歩くのが好きなんです。大学4年の時は、四国のお遍路に行き、四国を歩いて一周しました。それが本当に楽しくて。次は、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を歩きたいと思うようになりました。ただ、会社に入り、実現は難しいものになっていきました。やりがいのある仕事を多く経験することができた一方で、巡礼路へ行くことはもちろん、海外を長期で旅することも遠い夢になっていき、モヤモヤした想いが続いていました。社内留学制度を使ってベルリンに行くことも試みましたが、それも実現にはいたらず。
そんな時、遠距離恋愛をしていたドイツ人の夫から、結婚してドイツにきて欲しいと言われたんです。
|ただ、すんなり移住とは行かないですよね。
もちろんすごく迷いました。失うものが大きいですよね。仕事にやりがいや責任を感じていましたし、家族や友人とも離れることになります。さらに、年齢も30歳、このタイミングで海外に出れば国内のキャリアは途絶えてしまいます。若ければ勢いですぐに行けたかもしれませんが、もしこの先日本に戻ってくることになれば、年齢的に再就職が難しくなる可能性も十分にありえました。
|そんな中、移住に踏み切った決め手はなんだったのでしょうか?
もともとフリー願望があったのに加え、海外でゼロからの再スタートという環境に、無性にワクワクしてきたんです。新しいチャレンジができる、やりたいことができるって素直に思ったんですよね。というより、本来やりたかった事が、自分の中から湧き出てきたような。前職は、大きな会社だったこともあり、突然の部署異動など、キャリア構築の自由度はどうしても低くなります。また、多忙を極め、気づけば目の前の仕事に追われる毎日で。編集者としてどんな本を作りたかったのか、最後には分からなくなっていたんですよね。だから、会社をやめると決めた途端、不思議とやりたいことがどんどん浮かんできたのには自分でも驚きました。
2. 日本文学が浸透していない現実に苦悩する

|ドイツへ移住し、何から始めるかイメージしてましたか?
やっぱり本が好きで文章を書くのが好きなので、それは軸としてありました。初めはそれに関連する事ならなんでもやろうと、フリーライターやエディターとしてウェブや雑誌の記事を作ったり、オウンドメディアの編集長をしたり、コラムを書いて『ドイツ夫は牛丼屋の夢を見る』という本も出版しました。
|そこから、どう出版社立ち上げに向かうのでしょうか?
出版社を立ち上げるのは、まだ先の話になります。その前に、移住してすぐ大きなショックを受けました。ドイツの書店を巡っていて、日本の作家さんの本がほとんどない事を目の当たりにしたんです。日本文学はもう少し浸透していると、勝手な自負があったんですよね。しかし、一般的に知られている作家さんはまずは村上春樹、そして次に上がる名前が三島由紀夫や川端康成、大江健三郎という状態で、日本には優れた現代作家さんが沢山いるにもかかわらず、こういった現実にとても驚きました。
|日本文学が多くドイツに入っていない現実は悲しいですね。
そうなんです。そんな時に、講談社時代の2つ上の先輩でもある、コルクの佐渡島さんから「エージェントとしてコルクの所属作家の作品をドイツに拡める活動をやってみないか?」とお誘いを受けたんです。コルクには非常に力のある作家さん、漫画家さんが所属していますし、その作品を拡める活動であればすぐに「やりたいです!」とふたつ返事でした。ただ、壁は思った以上に厚いことを実感しています。
|日本の作品をドイツへ拡める、簡単にコトは運ばない?
実績のある作家さんたちの作品だから、出版社はもう少し興味を持って話を聞いてくれると思っていました。しかし、なかなか良い反応は得られていません。いくら日本で知名度が高くても、ドイツにいる彼らにとっては遠いアジアの国の名も知らぬ作家です。いくつか小さな話はあっても、本格的に動いてくれる会社はまだありません。さらに、こうして苦労をしてようやく出版社を見つけても、契約を結ぶまでがエージェントとして主な役割で、どうしてもそれに続く翻訳やデザイン、セールスなどのコントロールはしにくくなります。もちろん私の実力不足もありますが、結果的に出版されても、せっかくの作家さんの作品が理想の形にならない可能性がある。ドイツに日本文学を拡めるには、多くの障壁がある事を強く実感しています。
3. Twitterの些細なやり取りから生まれた、大きな転機

|そこで、自ら出版社を作ろうと考えたのでしょうか?
はい、出版先を探すよりも、自分で出したほうが早く、丁寧な本作りができるのではないかという思いが生まれました。ただ、ハードルの多さを考えても、実現は何年も先になるだろうと感じていました。そんな時、偶然ツイッターで在独日本人向けに日本食レシピ本を作ろうという話が舞い込んできたんです。
|ツイッターで!みなさんドイツ在住の日本人の方ですか?
そうです。ドイツでカメラマンをされている豊田裕さん(@toyodaberlin)や漫画家の白乃雪さん(@ShironoYuki_jp)らがツイッター上でそのやりとりしている時に、「編集者ならミュンヘンに溝口さんがいる」とパスをもらったんです。全員とお会いした事はありませんでしたが、その晩のうちにチャットワークでのブレストが始まりました。蓋を開けてみれば、メンバーには、販売サイトを構築できる方、翻訳ができる方、税金などのお金周りに詳しい方などがいて、すぐに具体的に動き出すことができました。
|みなさん、本業とは別にってことですよね?
そうです。なので、あくまでも有志のプロジェクトということで、〆切も定めずに進めていきました。私の妊娠・出産をはさんだこともあり、1年ほどかかってしまいましたが、2017年10月にレシピ本の出版が実現し、多くの在独日本人の方々に本を手にとっていただいています。

4. 出版社「まほろば社」を立ち上げる
|そのタイミングで出版社「まほろば社」が生まれるんですね。
そうです。本を出版するなら、母体があったほうがいい。そこで、私は「日本文学をドイツに拡めるためにも、出版社を作りたかった」ことを、みんなに話したんです。出版社としての仕事は私が引き受けるということで、この本の出版と同時に「まほろば社」ができました。
|ツイッターで始まったプロジェクトが、本業での想いに繋がったんですね
やりたかったことのすべてがカチッとハマった感覚がありました。移住後からの試行錯誤を経て、やっとスタートラインに立てたという気持ちです。現在は保活中なので、子供が保育園に通い始める段階で、本格的に始動していく予定です。
5. 在独日本人に本を届け、いずれ日本文学をドイツへ

|出版社を運営するのは大変ではないですか?
もちろん勉強しなければならないことばかりです。しかし、当面は1人で小さくやっていくつもりです。かつてシンガーソングライターとして一世を風靡した大江千里さんも、47歳にして、日本でのキャリアを捨て、ジャズをする為にニューヨークへ渡り、1人でレーベルを作って、CD制作から郵送までをやっているそうです。日本で華やかな世界でいきていた彼が「半年に2000枚売れれば良い」という世界観で生きている。もはやマスの存在しない今、そういうビジネスのあり方はとても共感します。私も可能な限り、自分の手でできることをやっていこうと思っています。
|最後に、出版社『まほろば社』の立ち上げから半年、これからについて教えてください
まずは、現在のプロジェクトをやりきることですね。ドイツに住む日本人の方々の暮らしに本当に役に立てていただける本を、届けたいと思っています。現在は、レシピ本のドイツ語翻訳版の作業が佳境で、新しい本の原稿もできてきました。そして、これから少しずつ日本の現代文学をドイツ人に伝えていけるような出版社に「まほろば社」を育てていきたいと思っています。
|貴重なお話をありがとうございました!応援しています!
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